ごめんなさい
仕事を辞めるために少しずつ荷造りしてます。そんなに必要なものもないので多少の服だけ纏めて終わりなんですけどね。
思えば約5年、前の仕事の2倍働けてるのでよく頑張った偉いぞ僕。社会人からしたら当たり前なんでしょうけどね。
実は今やってる仕事の事を親に言えたのはこの仕事を始めてから2年半くらい経ってからでした。
だって言えんでしょうよ、手塩にかけた息子が大手に入ったと思ったら突然退職して夜始めるなんて聞いたら。偏見もある世代だろうししょうがないです。
僕は小学生の頃に両親が別れて母親に引き取られたのでシングルマザーの家庭で育ちました。
そんな女で1つで育ててくれた母に感謝もあったので言えませんでした。
実家住みでしたが何も言わず職場の近くに引っ越しほとんど親とも連絡を取ってませんでした。あLINEが消えてしまったことも関係はしてますが。
実家に帰るのも書類とかを取りに行く時だけ。親がいなかったり寝てる時間帯を見計らっていきました。だって顔合わせると気まずいじゃないですか。
でもある日家に帰ったら親が起きてきました。そしたら親がボロボロ泣き出したんですよ。
そりゃそうですよね、音信不通の1人息子が生きて帰ってきたんですから、僕もボロボロ泣きました。
親にたくさん迷惑かけました。でも親は生きてるだけでいいっていってくれました。今でも鮮明に思い出します。遺書を書いた時もこの時の顔が思い浮かびました。
そこで初めて退職して新しい環境で頑張ってることを言えました。親はうんうんって何も言わずに聞いてくれました。親って偉大ですね。
訳あって今は1年くらい帰れてませんが1年前に帰った時は付箋に手紙と連絡先、それと5000えんとチョコが入ったジップロックが自室に置いてありました。
連絡先は変わってなかったのでこの仕事をやめたら連絡して真っ先に会いに行きたいです。5年の空白を少しでも埋めたい、少しくらい親孝行させてほしいです。
こんな僕が生まれてきてごめんなさい、こんな親不孝な息子でごめんなさい、何も出来なくてごめんなさい、仕事辞めてごめんなさい、鬱になってごめんなさい、沢山迷惑かけてごめんなさい、連絡もせず家を飛び出してごめんなさい、1年に1回も顔を見せれなくてごめんなさい。
でも母さんに愛されて嬉しかった。僕にとって世界一の味方です。作ってくれるご飯は全部好きです。焼きそばもシチューもホットドッグもトンカツも豚汁も全部好きです。
母さんにお嫁さんを見せたい。子供を抱かせてあげたい。それが僕の1番の幸せです。今の僕にはわがままかな、ごめんなさい。いつまでも親離れできなくてごめんなさい。
でも幸せになりたい、ごめんなさい