モノクロー厶-ヴィーナス
卒業後の進路の都合のためだけに
籍をおくつもりだった『写真部』に
彼女がいた
つい先日まで高校男子部活動の花形
硬式テニス部でレギュラーメンバーにも入っていた私にとっては全くの未知の世界の文化系『写真部』
”写真部なんてあったのか?“
率直にそのくらいの感じだった
SNS投稿、撮り直しや加工が簡単に出来るデジカメやスマホが無かった時代
高校生でカメラ好きといえば
『オタク』という言葉はまだ無かったと思うが、イメージ的には女性アイドルを追いかけてイベントなどで最前列を陣取りデカいカメラで撮影しては自慢気に男性雑誌に投稿する『カメラ小僧』だった
カメラの主流はフィルム式でピント合わせはレンズ回りをクイクイ回して合わせる手動式が大半で、ピント合わせが自動で出来るオートフォーカス機能が付いた、確か?ミノルタα7000,キャノンEos600などの一眼レフカメラのテレビCMをようやく見かけるようになった頃だったが、当然高校生には高嶺の花で余程のカメラ好きが手にするモノだった
顧問の担任の先生が揃ってところで
ミーティングが始まった
はじめに私を含めた新入部員4名の自己紹介の時間があり、それぞれのカメラや写真への熱意を語っていたと思うが、私は何を言ったのかは覚えてはいない
どうやら、先月まではカメラ好きの同好会だったらしいが新入生2名と私の入部により男子4名女子4名の『写真部』に昇格したらしい
部活動としての具体的な活動は
1.月1回のテーマに沿った作品発表
2.部活動、修学旅行等の学校行事の記録撮影
そして、暗室の完成報告とその使用方法の説明があった時、その場が歓喜の声でざわついた
”暗室?TVドラマとかで見るアレ?“
当時主流のフィルム式の難点は、デジカメ、スマホのようにその場で直ぐに撮影した被写体を画面で確認が出来たりほぼ無限に本体やSDカードに記録が出来るものではなくて、フィルムの24枚撮り36枚撮りとか枚数内で撮影して、街の写真屋で現像-プリントされるまではシャッターを押した時のイメージ通りに撮影出来たかが判らないことだった
てっきり、撮影したフィルムを写真屋へ持ち込むものだと思っていたが、校内で白黒プリントまでの全てが出来るらしい
”白黒?教科書とかで見る昔の写真?“
さすがにカラーが当たり前の時代だったが、他の部員たちはそれでも歓喜の声に沸き、彼女の笑顔もそこにあった
そのあとは、まだ新しい校舎の2階の一角に多分元は倉庫だったような四畳半程の広さの完全遮光された赤色灯の灯る暗室へ移動して、真新しい機材の使用方法の説明を受けた
既に知るその知識を得意気に語る男子に操作方法の確認に勤しむ彼女と女子たち
もの珍しさはあったが、最後に暗室を覗き込む全く部外者感の私
私の前に入室していた彼女たちのつけていたコロンの甘い香りと現像液か何かの酸っぱい匂いが密室に近い暗室に残る
この二つが合わさった甘酸っぱい香りも私の青春の一つだろう
そのあとミーティングは解散となったが始まりから終わりまで、彼女とは視線も合うこともなく、つい先日まで当たり前になっていた会話すら交わすことはなかった
私の心は暗室のように深く暗いまま、夕闇が迫る空を映した大きな窓があった2階からの階段を下っていった