即興小説・9月1日、アイスクリーム、彼女は転校した 3(完)
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「って事があったなあ」
「仲嶋のやつ、部室で煙草吸ってんのがバレて停学だってよ、あいつのおかげで三高は甲子園の夢を絶たれたってよ、バカだよなあ」
彰彦の話を聞いて、ガキ大将の名前が仲嶋だった事を思い出した。どうも僕は人の名前を覚えるのが苦手らしい。
「おれ、神田が教科書忘れてたの気付いてたんだよな。なんかソワソワしてるから、どうしたんだろうって見てたら、ありゃ教科書忘れたんだろうなあ、珍しいなあと思ってるうちに、おまえが机をくっつけはじめて自分の教科書を見せ始めたから、正直びびったんだよ。おまえ、普段は全然やる気がないくせに、たまにすげえ大胆なことやるよな。さっきの授業ボイコットもそうだけど」
あれは、アイス2個一気食いが腹にこたえたんだから仕方ないだろ? せっかく、彰彦のために*やったのにいらねーって言うから。
「おれ、あの頃から神田のことが好きだったから、、、だから、おまえのあのときの行動見て、焦ってさ。あれから、すぐ後に神田に告白したんだよ」
唐突な恋話展開に、どうリアクションをしていいかわからない僕は、ただ空を眺めていた。
「神田、なんて言ったと思う? ごめんなさい、あなたの気持ちには答えられません、だってよ! はは、わりと即答だったよ。あれには、さすがにショックだったなあ」
こんな寂し気な彰彦の声を聞いたのは、はじめてかもしれなかった。
「その後、わたしには好きな人がいるからって言われてさ。自分の想いには、まったく気付いていないだろう。でも、それでいい。その後、神田はその好きなやつのことを、訥々[とつとつ]と語り始めたんだ」
「ふーん」
「そのひとは、弱いようで強い。そのひとは、人を差別しない、区別もしない、裏表もない。誰かのありのままを受け入れることができて、みずからもありのままであろうとしている。つらいことがあっても、逃げないで耐えることができる。でも、そのひとは不器用だから。だから、、、」
そのひとが本当に、神田が思うような立派な人間かなんてわからないじゃないか。そう思いつつも、僕の身体の中を、胸を込み上げるようななにかが通り抜けていくのを感じていた。
「だから?」
「器用なあなたが友達になってあげてほしい。って、真顔で言ってのけたんだよ。おれも、さすがに一瞬意味がわからなくてさ。なんで、フラれた相手が好きな男の友達にならなきゃいけないんだよ。馬鹿にしてんのかと思って、神田のほうを見たら本当に懇願するような顔で、おれを見つめてきてさ。ああ、こいつはマジで言ってるんだと思ったよ」
「ふうん」
どこか他人事のように、僕は呟いた。
「だからさ、おまえと友達になったのは、打算だったんだよ。神田の願いを聞いてやりゃあ、いつかあいつはおれの方を振り向いてくれんじゃないかと、そんな狡賢い思惑があったってわけ。でも、おまえ、神田が言ってたとおり、本当にいいやつでよ。周りのやつが、誰がすごい誰がだめだの、くだらないマウントの取り合いしてるなか、おまえは我関せずと、ひとりでも生きててよ。おれのように、周りの様子をうかがって生きてんのがなんか恥ずかしくなってきてな。そう思ったら、もう神田の事は関係なく、おまえと友達になろうと思ったんだ」
僕はなにも考えてないだけだ。彰彦のように周りを見て動ける方が立派だよ。
「神田のやつ、最後に会ったのが夏休み前の学校の廊下だったんだけど、そういえば、おまえのことを「ありがとう、、これからも、よろしくね」とか言ってたんだよな。……なんで、なにも言わずに黙って転校してったんだよ! おれにも、おまえにも!」
神田がなにを考えて、転校していったのか?
それは僕にはわからない。
他人が、何を考えているかなんて、本当のことなんか、わかりゃしないんだ。……でも、
「ちっくしょー!! 神田のばかやろー!!」
泣きながら空に向かって叫ぶ彰彦の姿を見て、僕は思った。
ーーでも、今僕の隣りにいる半ベソで鼻水を垂らしているやつが、いいやつで、そして僕の友達なのは確かなことだった。
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隣で転げ回りながら青春の痛みとやらを謳歌している彰彦を横目にしながら、僕は考えていた。
そのひとは、弱いようで強い。
そのひとは、人を差別しない、区別もしない、裏表もない。
誰かのありのままを受け入れることができて、みずからもありのままであろうとしている。
つらいことがあっても、逃げないで耐えることができる。
でも、そのひとは不器用だから。
だから、、、
いつか、神田が彰彦に向かって語っていたという言葉だった。僕の想像の中の中学時代の神田が、僕に向かって再び語ってくれていた。
僕は、そんな大それた人間じゃないよ。
君がいなかったら、きっと友達すらできなかったにちがいない。
今でも、相変わらず、だらしのない生活で、夏休みは退屈を持て余し、体育の授業じゃボールが激突しまくる始末だ。
弱くて、不器用で、どうしようもなくて、、、
でも、でも、
こんな僕でも、見てくれている人がいたんだ。
ありがとう。
ありがとう。
僕も、君を、、、
放課後。
「あれから考えたんだけどさ、神田さんに手紙を書こうと思うんだ」
「はあ?またアナログだなあ。LINEとか、まあ、おれも知らんから、誰かに聞くとかすればいいんじゃないのか」
「そこは神田さんのキャラ的に、直筆の手紙が合うと思うんだよ。宛先は、まあ、とりあえず書いてから考えよう」
「おまえにしてはやけに積極的だなあ。ま、いい事だと思うぜ。ポジティブなのは」
「うん、僕も神田さんの事を好きになったんだ」
「今になって! おまえ、本当に鈍感だな、そんなんだから神田も何も言わずに転校していくんだよ」
「モテないやつはモテなさすぎて、そういうのに鈍感になるんだよ! 仕方ないだろ?」
「はあ、まあ、頑張れよ」
「だって、このまま一生会えなくなって、永遠のせつなさとやらに悶え苦しむのなんて嫌だろう?」
「それも、そうだな、ファイトだ、友よ、ってな、ははっ」
ふたり、笑いながら、歩いていた。
拝啓。
神田さん、元気ですか?
女の子に手紙なんて書いた事ないから、なにを書けばいいのか、正直検討がつかないけど、そこは目を瞑ってやってください。
まずは、ありがとうと言わせてください。
君のおかげで、僕は今もこうやって元気に学校生活を送れているよ。僕の側には、いつも彰彦がいて、毎日楽しくやってるよ。
彰彦は、僕の友達だ。
今なら、堂々と言える気がするんだ。
彰彦は、僕の大事な大事な友達で、、、
心の底から親友といえる、いいやつなんだよ。
ここまで、書いて、後は何を書けばいいのか、僕にはさっぱりわからなくなってしまった。
でも、神田さんはまだ生きていて、僕には頼りになる親友もいる。夜が明けたら、明日が来て、人生はまだまだ続いていく。手紙はじっくり書けばいい。最高に感動させる手紙を書いて、神田さんを泣かせてやるんだ。そう思いながら、僕は一旦筆を置いた。
了