即興小説晴野雨音はこもりがち第2話暈原真守は呼び出され
暈原真守[かさはら まもる]は傘屋の息子である。いや、正確には傘屋というよりかは雨具全般を扱っているのだが。彼の父、暈原太蔵[たいぞう]は大学卒業後に大手アパレルメーカーに新卒で入社、トップ営業マンとして活躍し、26歳でやはり大手デパートの受付嬢であった麻由理[まゆり]と結婚。息子の真守の誕生を機に独立。「俺の名前、暈原[かさはら]っていうから、やっぱ傘をメインにしたメーカー立ち上げたかったんすよね、もう運命感じる名前ですからね!結婚して子供が産まれて、さあこれからってときに、人生ギャンブルっていうわけでもないけど独立して起業っていう賭けに出たわけよ、なんか俺らしいっすよね! もう後がないぞ! もう後がないぞ! やべーぞ! やんなきゃやられる! っていうギリギリの状況が俺も会社も成長に導いてくれたってわけですよ! ま、前職の頃から、『こういう企画今度やるからどう?』って色々リサーチしてたんだけどね(笑)」と、父太蔵はビジネス誌「Yo!キャでten職」にて語っている。このインタビューが物語る通り、父は明朗快活、今風に言うなら陽キャに分類されるタイプであった。一方、息子の真守はというと……
都立八咫[やた]中学に入学して、そろそろ1ヶ月経とうというのに、いまだに友達らしい友達もできず、また部活動に打ち込むこともせず、すっかりぼっち状態が板に付いていた。あの陽気な父親の子に生まれて、何故? と思われるかもしれないが、その陽気さが真守にとっては問題なのである。小学校の頃には学校行事があるたびに、THE!業界人!といった出で立ちであらわれ、自社の新商品のアピールをしながらクラスメイトの親御さんたちに名詞を配り、息子が徒競走に出場するときは「マモルーー!! 映えるのちょうだーい!」と、ド派手なデコレーションの付いたスマホを向けられ、プレッシャーで真守はすっ転んでしまった。その一部始終を太蔵はインスタとXに動画で上げた。「転んでも立ち上がり、ひたむきにゴールまで走り抜けた我が息子よバンザイ! 最下位だったけど、パパにとってはキミが優勝! 感動をありがとう!」との、父の呑気なコメントは「これはある種の虐待ではないのか?」「感動ポルノだよね」と、炎上仕掛けたが、その直後に女芸人同士での誹謗中傷バトルが始まり、太蔵のコメントは一瞬で話題にならなくなるのであった。しかし、世界中に自身の痴態を拡散された真守の心には深い傷として、刻まれた。「パパはね、ああやってとにかくハイテンションにしてないと、生きてられない人なのよ」と、呆れるような、あるいは慈しむような口調で母の麻由理は息子をなだめるのであった。母の言葉の真意は、この頃の真守には、まだ理解できなかったが、いずれ父と自分が根底では似ている事に気付く事となる。しかし、それはまた別の話。幼い真守にとっては、イキり散らす父親が周囲に迷惑を掛けているような後ろめたさを感じさせ、その影響か、すっかり引っ込み思案な性格になってしまった。中学生活も1ヶ月経ち、この性格もどうにかしないとと悩み始めていたある日の放課後、担任の神凪律子[かみなぎりつこ]に呼び出された。いまだに部活に入ってないことを咎められるのではないか? そんな予測を立て、警戒しながら面談用の小会議室に入ると、律子から発せられた言葉は意外なものであった。
「暈原くん、ちょっと用事を頼みたいんだけどさ。晴野さんの家にプリントを届けて欲しいのよ」
第3話 神凪律子は企てる に続く